まちとアートが距離を縮めた20年間(後編)|Breaker Project

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中編はこちら:まちとアートが距離を縮めた20年間(中編)|Breaker Project

人と社会とアートがつながる、2つの拠点。

「Breaker Project(ブレーカープロジェクト)」のコンセプトには、「市民一人ひとりが多様な価値観を獲得し、それぞれの想像力、創造力を育み、成熟した市民社会が形成されていくことをめざしています」とあります。

 

アートを鑑賞するだけでなく、一人ひとりが芸術や社会の参加者となれる現場とはどのようなものか、ACKTメンバーは「まちとアートが距離を縮める」様子をさらに探るべく、Breaker Projectの拠点の一つへと足を運びました。

 

向かった先は、堺筋線・御堂筋線「動物園前」駅から徒歩3分の「kioku手芸館『たんす』」。空き店舗になっていた元「鈴木タンス店」を、ボランティアスタッフの協力も得ながら大掃除を経て、今は編み物や裁縫などものづくりを軸にした創造の場であり、地域の女性たちが集う場所に。オリジナルファッションブランド「NISHINARI YOSHIO」の制作や販売の場所にもなっています。

photo:草本利枝

 

kioku手芸館「たんす」立ち上げのきっかけは、Breaker Projectの活動の中で生まれた一つのプロジェクトでした。

「地元のデイケアセンターの社会福祉士の方との出会いがあり、私たちのやっていることにとても興味を持って関わってくれるようになったこと、またデイケアセンターには私たちがこれまで出会えてない高齢の人たちがいることに気付いたことが次の新たなプロジェクトにつながっていきました。それが呉夏枝(OH Haji)さんと始めたリサーチとしてのワークショップです。呉さんは、高齢女性の『語られなかった記憶』『言葉にできない記憶』を探求するアーティストで、この施設をつなぐことで何か面白いことが生まれるのではないかという予感からお声がけしました」(雨森)

2012年から呉夏枝さんとともにはじめたワークショップ『編み物をほどく/ほぐす』では、まずは地域の人から「着なくなったニット」を収集。集まったものは、「いつ頃買った・編んだものか/どういう時に身につけていたか」などをそれぞれヒアリングして「記録カード」に残し、ほどいていく作業をそのデイケアセンターで行っていました。みんなでニットをほどき、お湯を沸かした蒸気の上で伸ばして糸に戻していく作業を通して、女性たちの話に耳をかた向ける場となっていったようです。そこから、この作業を施設の中だけではなく、さらにオープンな場でより多くの女性たちと出会っていこうと、kioku手芸館「たんす」が開設されました。

「たんす」を拠点にしたプロジェクトはその後も続き、2016年からは美術家の西尾美也(にしお・よしなり)さんによるプロジェクトが始動。「衣服」の固定概念を崩すことを目的としたワークショップが約一年を通して実施されました。そのプロセスを経て立ち上がったのが、西成発のファッションブランド「NISHINARI YOSHIO(ニシナリヨシオ ※NISHIO YOSHINARIのアナグラム)」です。たんすに集まる女性たちの自由な発想やアレンジ、西尾さんのイメージとの予期せぬズレを面白がりながら生まれたアイデアは、ファッションブランド「NISHINARI YOSHIO(ニシナリヨシオ ※NISHIO YOSHINARIのアナグラム)」コンセプトへとつながっていきました。

 

「西尾さんとたんすに集まるおばちゃんたち(地域の女性たち)の共同制作によるファッションブランドを立ち上げることになって、それまでのワークショップを通して生まれてきた相互のやりとり(おばちゃんたちによる予想を裏切るアレンジや発想の飛躍、西尾さんが考えるイメージとの齟齬など)、予期せぬズレが面白いってことで一つのキーワードになっていきました。第一弾のコレクションでは、『思いやりをデザインする』をコンセプトに、参加する5人の女性たちそれぞれが身近な知人をイメージしながらその人のためのデザインを考え、ワークジャケット(作業着)のプロトタイプを制作。パート先の焼き鳥屋さんの奥さんの腕をカバーするようにデザインされた『焼き鳥ジャケット』や会うたびに違うバッグを持っている知人の旦那さんをイメージした『カバンジャケット』、『自分のために作るわぁ』とデザインされた『自分ジャケット』などなど。女性たちによってつくられたプロトタイプを元に商品化し発表したコレクション第一弾はほぼ完売。その後も、生地を変えたり、マイナーチェンジもしながら、現在も制作・販売しているのと、第二弾ではパンツも発表しました。現在、3つのプロトタイプを元に商品化したものがショップで販売中です」(雨森)

photo:草本利枝

女性たちが集い、語らいながら創作活動を行う「たんす」は、2018年度より一般社団法人 brk collective[ブレコ]が引き継ぎ、地域に根ざした「創造の場」として継続して運営しています。「NISHINARI YOSHIO」だけでなく、女性たちの手作業によるオリジナル商品も人気。余り布や糸から生まれた小物やアクセサリーは、眺めているだけで女性たちの創作意欲や活気が伝わってきます。

ACKTメンバーが次に向かったのは、阪堺線「今船」駅から徒歩2分の「旧今宮小学校」。2015年3月に廃校になる前の年には、運動場できむらとしろうじんじんさんの「野点+いまみや妄想ひろば その1」を開催するなど、ここを拠点とした地域のつながりを作り始めていました。

「廃校になる前から地域とのつながりを作り始め、地域の人と一緒に学校での活動を始めたことによって、廃校後の使用がスムーズにいきました。その過程で、体育倉庫に眠っていた陶芸窯との出会いもあり、作業を軸とした場をつくっていくというプロジェクトにつながっていきます。2015年4月以降、じんじんのいう『ええ風景』を拠り所に、誰もが立ち寄りたくなる場所をつくっていこうと実験がスタートしました。現在7年継続して毎月1回か2回のオープンできましたが、まだまだ実験途中という状況です」(雨森)

廃校後も引き続きじんじんさんや集まった人たちと魅力的な作業を生み出すべく、作業場@旧今宮小学の実験を重ねています。西成の土を使ってつくる焼き物、廃材を使った木工作業や積み木づくり、学習園を活用した畑など、「あるもの」を活かした様々な活動が生まれていきました。

 

元小学校ならではの光景が、体育館を活用した「西成・子どもオーケストラ」です。「西成・子どもオーケストラ」は、2012年に大友良英さんを招いてスタートし、近隣の児童館や小学校などで即興オーケストラのワークショップを行っていました。演奏経験や上手い・下手は問わずに、指揮者の簡単な指示に従って思いおもいに音を出しながらアンサンブルをつくっていくというものです。現在は、さや(日本のポップユニット「テニスコーツ」)さんや関西在住のミュージシャンと共に、作業場がオープンする日に体育館で音の場をつくる実験に取り組んでいます。

 

アートプロジェクトを続けることで、効果として見えてきたものは、個々の潜在能力が湧き起こるという意味の「エンパワメント」だと感じました。日常の中でアートに触れる、そのための拠点がまちにあることで、誰でもアートの鑑賞者になり表現者になれる。想像力と創造力が育まれ続ける西成でどのような変化が起こっていくのか、これからも楽しみです。

 

「西成・子どもオーケストラ」2017年3月の公開ワークショップ記録映像はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=pobA2bziM0A&t=10s

 

Interviewee : Breaker Project https://breakerproject.net/
Interviewer : ACKT
text : Yu Kato photo : Yuki Akaba