CAST|Vol.04 田尾圭一郎
2025.3.2
ACKTでは、まちなかで新しい動きを作る人やそこに参加する人を[CAST]と呼びます。そんなCASTのさまざまな活動をピックアップし紹介する連載。第4回目は◯ZINEの編集長を勤める「田尾企画 編集室」の田尾圭一郎さんにこれまでの仕事やアートに対する思いなどについてお話を伺いました。
Q.現代アートの企画やキュレーションを行う傍ら、慶應義塾大学SFCで教鞭を取られていた田尾さんですが、こうした仕事に就かれたきっかけは何ですか?
A.もともとアート自体は学生の頃から好きだったんですよ。大学の卒論も「美学」をやっていましたし、それに関連する仕事がいいなと思って広告会社の博報堂に就職しました。やりがいのある充実した仕事でしたが、アートの仕事をしたい気持ちが強くなり、「美術手帖」の編集部に転職しました。そこでアートのことを幅広く学ぶことができました。
そうしたキャリアを歩いてきて今は、アートを社会に広く届け取り入れてもらう「アートの社会実装」をテーマにアートプロジェクトの企画に携わっています。
Q.学生のときに研究されていた「美学」とは具体的にどのような研究だったのでしょうか?
A.日本人はなぜ"うなじ"に惹かれるのかが気になって、それを研究していました。そのとき調べて分かったのは、江戸時代の化粧の流行のひとつで、遊女がうなじだけおしろいを塗らないで地肌を見せていたらしいんですよ。遊女の髪の毛を上にあげるとうなじだけ肌色なのが見えて、そこだけその人の地が見えるというか、素が見えているところに萌えキュンするみたいなことが当時美意識というかカルチャーとしてあって、そこからうなじフェチみたいなのが始まっていったというのがあるんです。そういった日本人の美学の"粋"とはどういうものかを、うなじを題材に文化や歴史からアプローチして調べていき卒論にしました。
そこから学んだのは、物事の美しさにはしっかりと文化的、歴史的な意味があるということで、この学びはすごく今の仕事に役立っています。美術もそうじゃないですか?絵を描いてこれが美しいのかっていうのは当然人によって意見が分かれることではあるんですけど、少なくとも2020年代の日本人の感覚でみると、これは美しいということは、美学などの経験を踏まえるとロジカルに説明できて、ロジカルに説明できるということは社会と共有ができるんです。そうすると、「じゃあこれは何億円の価値がある絵だよね」とかそういう美学としての論拠があって、それがマーケットで売られていくときや展覧会を企画したときにメディアや様々な人と共有できて、プレスリリースのときなどに役立ったなと思っています。
Q.仕事の大変さややりがい、おもしろさはどんなことですか?
A.まだモヤモヤして言語化できていないことや、可視化されていないことをかたちにするのは楽しいですね。日常を過ごしていて、「なんでいま自分はイラっとしたんだろう」とか、「理由はわからないけどすごくワクワクする」みたいな感覚ってありますよね。それを自分の引き出しにストックしておいて、溜まってくるとだんだん傾向が見えてきて、言語化ができるようになっていくんです。そのことを人に話したりして「自分もわかるよ」ってなると、人と共有できる意識だったり時代性みたいなものに仮説が固まっていき、展覧会の企画になっていきます。
アートは解釈が自由です。自分のモヤモヤや言葉をアーティストや来場した方と共有すると、それがまたちがうものに解釈され、イメージがゆたかになっていきます。そういった未知への試行錯誤がキュレーションの楽しさだと思います。
大変さについては、どの業界もそうだと思うのですが、最後にどれだけ歯を食いしばれるかだと思います。クリエイティブ系の仕事ってゴールや正解がないじゃないですか。キュレーションとかクリエイティブディレクションって、 様々なことを考えたり取りまとめはするけど、実際に作品や展覧会をつくってくれるのはアーティストやインストーラーの方々ですよね。だから自分が妥協するとまわりも妥協してしまう。自分はその最終防衛ラインだな、という気持ちでやっています。もちろん予算やスケジュールとか色々あるんですけど、そのなかでどれだけ「よりよくしたい」って思えるかは、いつもすごく意識することです。それが大変さでもあり、やりがいでもありますね。
Q.国立はどんなまちだと思いますか?
A.等身大になれる場所です。出張に出ていることが多いので、国立にいるときは重い荷物もなくラフな格好でデスクワークをしていることが多いです。学生の頃からいままでクリエイティブに関連する人とばかり過ごしてきたので、そうではない子供と過ごしたりママ友やパパ友と話すと、新しい世界を見れて新鮮です。
あとは文教地区だからか、勉強をしている人が多いなと思います。スターバックスに行くと、たくさんの人が勉強したりオンライン講義を受けたりしてますよね。そういう姿勢を見ると、ぼくももっと頑張らないとな、と刺激になります。
SFCで教えるようになって良かったことは、学生当時のパッションを思い出せたことなんです。普段仕事をしているとスピードが求められるので、自分の経験値のなかで合理的に考えることが多かったのですが、授業の課題や自分の将来で一生懸命悩んでいるかれらの姿から、「もう一回悩もう」「言語化して相手に伝えよう」というエネルギーを教わりました。授業スライドをつくるにあたり現代アートを勉強し直したことも仕事に活きました。この国立にも同じようなパッションを持つ学生がいることは、いい刺激です。
仕事に対するストイックな姿勢やおもしろさ、住んでいるからこその国立の魅力など、様々なお話を伺いました。未だ言語化されていないものを追究する田尾さんが今後、◯ZINEでどんなトピックを取り上げるのか、楽しみです。
Interviewee : Keiithiro TAO
Interviewer : Kota TAKIBARA
text,photo : Kota TAKIBARA